ちいささ、という豊かさ 100年の台所の旅【第三部】
これからの対話 ─ “ちいささ”を、選び取る
2026年・Brezzaが考えるプラン
今日は、コーヒーでも。ここからは、これからの話です。
すこし長いけれど、どうぞ気楽に。
「安価に、大量に」を求めた時代は、静かに終わりを告げました。
かつて台所が小さかったのは、そうするしかなかったから。高密度な都市の、限られた四角い部屋に、機能を詰め込むための必然でした。
100年が経ち、いま、私たちはもう一度「ちいささ」を再定義したいと思っています。
私たちは、小さいことが貧しいことだとは思いません。むしろ、限られたスペースに、洗練された機能や意匠が集約したこの形こそ、豊かだと考えます。
なぜ、いま「ちいささ」なのか。理由はみっつあります。
ひとつは、食材などのモノの流れ、都市の物流が変わったこと。
ふたつめは、道具が小さく、賢くなったこと。
そしてもうひとつ、暮らしの単位そのものが、小さくなったことです。かつて台所は、たくさんの人数を、いちどに支える場所でした。いまは、より小さく、より軽やかに。
かつて台所が大きかったのは、設備そのものが大きかったからでもありました。火をおこす場所も、冷やす箱も、かさばるものだった。いまは熱源が薄くなり、家電は無駄なく高性能になりました。同じ営みを、ずっとちいさな場所でこなせるようになったのです。
機能が小さくなったぶん、空いた場所を、私たちは暮らしに返すことにしました。
設備で床を埋めるのではない。光や、お気に入りの椅子や、家族の時間に明け渡す。
それが、選び取るコンパクトキッチンです。
そもそも、台所とは何でしょうか。
台所は、水と火の場所です。私たちが考える台所とは、「水が使えること」と「火(熱)が使えること」。このふたつに集約されます。
しかしながら同時に、カウンター(作業面)と収納(冷蔵庫もその一つ)も絶対に必要です。
私たちはこう考えます。
水と火はコア機能。カウンターと収納は補助機能。
補助機能は生活のスタイルや生活者の人数で変化します。
だからこそ、ゆとりをもって足したり減らしたりできるほうが良い。
壁のあいだをすべて収納やカウンターで埋めるような、大は小を兼ねる的な発想は、実は自由を奪い、空間や精神的な余白やゆとりを奪いかねないと考えています。
現代の暮らし方において、食材などの提供の仕組みは大きく変わりました。
コンビニやスーパー、宅配などは、24時間いつでも新鮮な食材から、乾燥、冷凍されたものまでを届けてくれる。街のインフラそのものが、巨大な貯蔵庫として機能している。
かつて浜口ミホは、この一体の空間が成立するための条件として、ガスや電気の供給、そして調理を簡易にする加工食品の普及が不可欠である、と見抜いていました。
逆を言えば、現代はそのすべてが実現した時代です。インフラが整いきった今だからこそ、私たちは台所の引き算——「ちいささ」を、確信を持って肯定することができるのです。
私たちは家具ではなく、独立した「道具」としてのキッチンをつくります。
かつてのミニキッチンやセクショナルキッチン(組み合わせ型流し台)が持っていた無駄のない合理性を、現代の暮らしに調和する美しさへと昇華させたものです。
水と火(コア機能)だけを中央のユニット(エーレン)に凝縮し、補助機能である作業台(エーレンストック)や収納はそこから切り離す。一体である必要はありません。空間のサイズによって、自由に組み合わせを変えればいい。
その姿は、ある時には別の部屋にそっと寄り添うセカンドキッチンや、住まいの中心に静かに佇むサブキッチン、あるいは空間を邪魔しないホームバーとしても美しく機能します。
どこに置いても機能する。どんなプランにも柔軟に対応する。
実用性と耐久性を極めたステンレスの道具だからこそ、いつか住まいが変わるときには、移設して永く使ってもらう。
家具ではなく独立した「道具」だからこそ、場所に縛られず、時間に耐えることができるのです。
※ 文中の「エーレンストック」は、現在開発中の製品です(仮称)。
私たちは、現代の暮らしが、どこか遠い昔の「縄文」に似てきていると感じています。
かつて、旬の季節に採集した食物を季節ごとに楽しみ、さらに知恵を絞って蓄えた縄文の暮らし。そこには生命を支える食と水の近くで暮らすという、確かな知恵が詰まっていました。
いまは、進化した流通や宅配が、それを満たしてくれる大きなシステムとして私たちの暮らしを支えてくれています。
家族のかたちも、変わりました。大家族を前提にした、大量の作り置きや保存——その必要は、静かにほどけています。
大は小を兼ねるような、壁一面を埋め尽くす巨大な冷蔵庫や収納は、実はもう、必要ないのかもしれません。
必要最小限の、工夫した保存の場所があれば、容れ物はちいさくていい。
保管すること、保存することは、管理することと繋がっています。
管理することを減らすことは、ゆとりの時間を作ってくれる。
ちいささは、精神的なゆとりを連れてきます。
洗う、切る、調味する。
そんな台所の「作業」は、これからの時代、さらに少なくなっていくと言われています。
だからこそ、逆に重要度を増すのが「配膳」です。
美しく盛り付け、大切な人へ差し出し、器を、季節を味わう。
平安の時代、貴族の住まいで、盛り付け・配膳をととのえた場所を「台盤所(だいばんどころ)」と呼びました。そこは作業場ではなく、食の美学のための場所でした。
Brezzaが提案するキッチンは、単なる調理の装置ではありません。
台所をふたたび、暮らしを愉しむための「美学の空間」へ返すためなのです。
私たちは、本体を適切にちいさく、けれど水を使う場所は、できるだけ大きく取ります。
Brezzaのキッチンや、住まいに美しく溶け込む洗面台、手洗いは、本体サイズに対して水槽を最大限に大きく設計しています。
これは、百年前のフランクフルト・キッチンも同じでした。奥行きが浅い四七〇ミリのカウンターに、目いっぱいの流しを据えていた。洗うことを、惜しまなかったのです。
小さくすることと、豊かに使うことは、両立します。
むしろ、ちいさく絞り込むほど、どこに寛容であるべきか、どこを広く取るべきかという暮らしの本質が見えてくる。
私たちが目指した、ステンレスコンパクトの答えが、ここにあります。
水槽を大きく取るのは、そこが暮らしのいちばん働く場所だと、知っているからです。
台所の歴史は、仕切り方の歴史でもありました。
壁で囲う。建具で仕切る。そして現代、ひとつの独立した道具として、暮らしのなかに静かに調和させる。
コンパクトキッチンは、豊かさのかたちに、なりました。
この「ちいささ」のなかに、私たちが目指した答えがあります。
使うほどに、もっと好きになる。傷も、くもりも、暮らしのしるし。
その関係は、今日のキッチンから、はじまります。
参 考 文 献
・高屋喜久子・黒川威人「次世代キッチンの研究(1):ミニマムキッチンセット」日本デザイン学会研究発表大会概要集 45巻, 1998, p.134–135.(DOI: 10.11247/jssd.45.0_134)
・キッチン・バス工業会(台所の歴史・「台盤所」の語源)