ちいささ、という豊かさ 100年の台所の旅【第一部】
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1926年・フランクフルト・キッチン
お茶でも淹れて、すこし昔話を。
むずかしい話ではありません。台所をめぐる、ちいさな100年の旅です。
私たちはこう考えています。
キッチンとは、つきつめれば、ふたつの場所であると。水を使う場所と、火を使う場所。
このふたつさえあれば、料理はできる。
あとの作業台も、収納も、暮らしのかたちに合わせて、増えたり減ったりしていいものです。
では、そのふたつを考え尽くして、必要なだけに削ぎ落としたらどうなるのでしょう。
小さくなる。けれど、貧しくはならない。
その問いを、私たちより百年ほど前に、すでに立てていた人がいました。
第一次大戦のあとのドイツ。
家が足りず、限られた広さに、多くの家族の暮らしを収めなければならなかった街がありました。フランクフルト。五十万ほどの人が暮らすその街で、公営住宅として一万戸を超える住まいが計画されます。
その台所を任されたのが、ひとりの女性建築家、マルガレーテ・シュッテ=リホツキー。
彼女は、台所を実験室のように見立てました。
人の手がどう動くか、足がどう運ぶか。無駄を、ひとつずつ削っていく。
生まれたのは、幅一・九メートル × 奥行き三・四四メートルの、細長い台所。
壁づたいに、流し、作業台、加熱、収納が、手の届く順に並びます。
のちに私たちがシステムキッチンやコンパクトキッチンと呼ぶことになる、その大本の原型でした。
面白いのは、その流しです。
カウンターの奥行きはわずか四十七センチ程度と浅いのに、水槽だけは、奥行きも幅も、めいっぱいに取られている。
洗う場所を、惜しまなかったのです。
狭い、と彼女は言いました。けれど、貧しくはない。むしろ、考え尽くされていました。
使う場所だけを、手の届くところに。
それは、のちに世界中の台所が学ぶことになる、静かな発明でした。西で生まれた、必要が生んだちいささ。
この思想は、やがて海を渡ります。
この台所をつくったリホツキーという人が、また面白いのです。彼女は台所を「実験室」と呼び、ストップウォッチ片手に人の動きを測りました。ふつうの台所なら十九メートルにもなる作業の動線を、八メートルほどに。目的は、家事の時間を減らして、女性がもっと自由になること。そして彼女自身、百歳を超えて、二十世紀をまるごと生きた人でした。
同じころ、遠い日本にも、台所から女性を自由にしようとした、ひとりの女性建築家がいました。
── 次回、第二部「高密度がうんだ、“ちいささ”の開花」へつづく。
参 考 文 献
・高屋喜久子・黒川威人「フランクフルトキッチン再考 ── 次世代キッチンの研究(2)」日本デザイン学会 デザイン学研究, 2000.
・The Museum of Modern Art “Counter Space” / 建築博物館フランクフルト(DAM)(フランクフルト・キッチンの寸法・配置)